障害を負った捨て子の赤ちゃんが送った人生とは?この赤ちゃんには壮絶で過酷な運命物語

出版元 04/08/2021
広告

ブラジルの若い夫婦に男の赤ちゃんが産声を上げました。産まれた瞬間、その赤ちゃんは元気な産声をあげた。生まれた赤ちゃんの名はゲーブ。しかしゲーブの姿は普通の赤ちゃんとは異なる姿だったのです。医者も看護師も、そしてゲーブの親である両親もみんな泣いている赤ちゃんゲーブを見て、息をのんだのでした。産まれてきたゲーブの姿にショックを受け、母親はノイローゼになりました。この若くて貧しい夫婦は、思い悩んだ結果、ある病院の非常口に毛布に包みゲーブを置き去りにしたのです。病院で子供を捨てるなんて普通の人は考えもしないことです。赤ちゃんを見つけた看護師は、赤ちゃんの毛布をめくった瞬間看護師は驚き悲鳴をあげたほどでした。これはあるブラジルで起きた赤ちゃんの実話なのです。

タイトル

みなしごハッチ

ある夜、ゲーブを見つけた看護師は驚き動揺しましたが、さすが看護師。すぐ何をすべきか理解し分かっていました。非常に残念な現実ですが、ブラジルでは病院内に赤ちゃんを捨てるという事はよくあることなのです。治安の悪いブラジルでは、悲しいことに貧困やレイプなどで子供を手放し病院に置き去り、捨ててしまうケースは少なくなく、もちろん養子縁組の手続きなど正式な手続き等もされることなどありませんでした。ケーブを抱きかかえた看護師は急いで緊急治療室に運び手当をし、その後ゲーブを見た医師たちは声をそろえて言いました。この子はとても特別な赤ちゃんだ!と・・・。

みなしごハッチ

特別な赤ちゃん、ゲーブ

ゲーブの顔はとても愛らしくいつも元気な産声をあげていました。ケーブは一体普通の健常者の赤ちゃんと何が異なったのでしょう。決定的に違うところと言えば、ゲーブはハンハルト症候群という病気を患っていました。これは20,000人に1人が発症する珍しい病気で通常、あごや舌の奇形、手足の指が一部ないなどのケースが多いのですが、ケーブの場合指だけでなく足や腕自体もありませんでした。このハンハルト症候群の病気によって重度の障害を持って産まれてしまったのです。障害を持って生まれただけでも気の毒だと思うのですが、両親を認識できる間もなく捨てられてしまうなんて・・・一体、この可愛い赤ちゃんケーブが何をしたというのでしょう。看護師たちはケーブを見ては涙を浮かべる日々でした。周りの人たちはケーブを哀れに思いましたが、そんな周りの気遣いなど吹き飛ばすかのようにケーブは明るく元気な赤ちゃんだったのです。

特別な赤ちゃん、ゲーブ

ゲーブ、孤児院へ

しばらくしてから赤ちゃんケーブは孤児院に送られることとなり養子に出されることになったのです。手足がない赤ちゃんを引き取ってくれる家族はいると思いますか?希望は薄く看護婦はゲーブの可愛い微笑みを見るたび、胸が張り裂けそうな深い悲しみで心が痛くなったのです運よく養子として引き取ってもらったとしても、ケーブの場合別な介護や医療処置が必要となり普通の赤ちゃんの成長を想像することは不可能であり大きな負担を負うことになるからです。きっと社会からも離れ、寝たきりの人生が待っているのだと。思えば思うほど悲しく涙があふれるのでした。

ゲーブ、孤児院へ

幸運の女神

ブラジルから数千マイル離れたアメリカ、ユタ州に住む女性、ジャネル・アダムスは、買い物中にスーパーのテレビに映るニュース番組でゲーブについてのニュースを目にしたのです。ジャネル・アダムスはそのニュースに釘付けになり買いもを中断してしまいました。そのニュースでケーブを見てから、ゲーブのことが頭から離れず、重度の障害を負いながらも懸命に生き、明るく笑っている姿にここを惹かれ完全に心を奪われていたのです。ケーブへの思いは日が経つにつれ強く確認しせまってくるものをじゃ寝るは感じていました。ブラジルから引き取り、家族としてケーブを受け入れようと夫のロン・アダムスに話をし説得しました。ジャネルとロンは、ブラジルに電話をかけ、養子の意志があることを示し、ブラジルへケーブを迎えに行く準備をしたのです。しばらくすると連絡があり正式にケーブの容姿縁組の承諾が得ることができたのです!しかし、ケーブの養子縁組の手続きは簡単には進まず困難を要しました。がしかし神はゲーブ見捨てていませんでした!

幸運の女神

ゲーブ、いざアメリカへ

この養子縁組を円滑に成立させ、ケーブを家族の一員として招くまでにはジャネルとロンにとって容易なことではありませんでした。手続きにはたくさんの書類の提出があり、何よりケーブのような重度の障害を持った子供を受け入れることが可能な経済力・環境など厳しく査定されました。アダムス夫婦は世界中の身寄りのない子供を13人も孤児院から家族として迎え入れ育てていました。厳しい査定、手続き、審査を乗り越え13人の兄弟とアダムス夫妻のもとへ来ることとなりました。ここでケーブという名前を付けてもらいアメリカ人のアダムス・ケーブとなったのです。空港に到着した時には13人の兄弟が歓迎し暖かく迎えてくれたのです!何という運命の変化でしょう!親も家族も名前も手も足もなかったケーブに、アメリカで新しく住む家、愛情あふれる両親、兄弟が一気に与えられたのです!

ゲーブ、いざアメリカへ

苦労

乗り越えられない試練を神様は与えない!という言葉があります。ケーブには明るい未来が待っているかのように思えたのですが、現実はそんな簡単なものではありませんでした。苦労、試練、の連続でした。もちろん健常者と同じ用には何事も進まず、見た目だけでも誰が見ても重度の障害者。健常者が何気なくしている行動がケーブにとっては試練の一つになってしまうのです。ケーブの障害を受け入れられない悲しいアメリカ社会の現実。ケーブが大きくなるにつれ、偏見やいじめがきつくなり世間の残酷さを痛感する日々でした。ケーブが1年生の時にはいじめが原因で転校をし、ケーブは自分の障害に対しては絶望していました。どんどん友達とも話をすることもなくなり隠れて一人泣いていることも少なくはなかったのです。そんなケーブを両親はいつも励まし自分でできる限りのことをするよう、自分を信じ、逆境に負けないように!と厳しく育てました。

苦労

強く育て、ゲーブ!

日々困難の連続で、人には分かってもらえない、人に言えない苦労と挫折を味わいながら、暖かい家族に支えられながら、ケーブは何事にもめげずに頑張り、独りでどんなことでも出来るよう強くなりました。手足がなくても自分で読み書きもできます。形態にメッセージを送ることも、自分で服を着たり、シャワーだって一人で浴びることができます。また、車いすの使い方も自分で学び、いろいろな場所に独りで行けるようになりました。ここまででもすごい成長なのですが、ケーブが12歳になったときになんとダンスを始めたいと思い、自分でダンスを覚えたのです!ダンスです!ダンス!

強く育て、ゲーブ!

ゲーブとダンス

ケーブはダンスが大好きでダンスに夢中になりました。踊っている間は全てのことを忘れられ、体を動かすと気持ちもスッキリして前向きになりました。ケーブは素晴らしいリズム感と完成の持ち主でした。ケーブは健常者の人達が普段使わない筋肉が発達していることや、抜群の運動神経があり、学校の誰よりも上手にブレイクダンスを踊ることができました。ケーブは正式にダンスチームに所属しブレイクダンスを極めました。ケーブのブレイクダンスを見た人皆が、ケーブの切れの良さと回転の速さに驚きその斎野と技術を認めたのです。ある日ブレイクダンスコンテストに出場し、なんと準優勝してしまったのです!そんな頃、友人に難しいブレイクダンスのテクニック、スタンディング・オベーションの技術を教えてもらい、ゲーブは更に人一倍練習に励みました。いつからかケーブはブレイクダンスのプロになろう!と決め日々人一倍練習に励んでいたのです。ケーブにとって今までは人には言えない苦労や苦悩、挫折、絶望感など普通の人が経験することはないであろう苦労をダンスと通じて表現したのです。ケーブのダンスを見た人達は感動し魅了させるものだったのです。ケーブはいくつものコンテストに出場し、ダンス競技会で全米の注目の的となりました。

ゲーブとダンス

モチベーショナルスピーカー

ケーブの生い立ちはお話した通り、ブラジルで産まれて、産まれた時から病気で手足がなく、親に捨てられ、運命的な出会いでアメリカに容姿として迎え入れたにもかかわらず、重度の障害を抱え、苦労し努力し挫折し絶望感の中、家族に支えられ、誰にも負けない自信と真の強さを持った男性に成長しました。知り合った人はケーブの真の強さに惹きつけられ、ケーブは自然とリーダー的存在になっていたのです。ある日両親はケーブにある提案をしてみました。ゲーブがこれまでに経験してきた困難や実体験、失敗や挫折、人ととくらべものにならないほどの努力の元の成功を伝えるというモチベーショナルスピーカーになってみないかという事でした。両親はケーブには人を勇気づけたり、その人たちの隠れている能力を引き出せる力があると考えたのです。

モチベーショナルスピーカー

素晴らしいキャリア

ケーブは自分にそんな力があるのだろうか。人を勇気づけることができるのだろうか。自身反旗でしたが、今までの自分の壮絶な人生の経験を人に伝えたい、自分の心の声を聞いてほしいと思いました。そして両親の提案に答え、モチベーショナルスピーカーになることを決心しました。最初に人前で話す技術、テクニックを一生懸命勉強しました。勉強の成果もありモチベーショナルスピーカーとして何度も人前で話すようになり、プロとし経験を積み重ねていきました。ケーブはアメリカだけでなく世界中から引っ張りだこになり、今でも色々な国に出向いて講演をしています。産まれてすぐのケーブにこのような未来が待っていたとは誰が予測できたでしょう!今は障がい者だけでなく健常者にも勇気を与えるモチベーショナルスピーカーになっているのです。

素晴らしいキャリア

愛と強さ

肉親に捨てられ、手と足がないという過酷な障害を持って産まれてきたゲーブ。アダムス一家がこんなゲーブを養子に迎えると一大決心をして、家族へ迎え入れ、たくさんの犠牲を払いながら彼をここまで育ててくれたことにゲーブは本当に感謝しています。そんな家族は彼にとって最高の宝物だそうです。一方、彼の両親は、ゲーブは自分たちの苦労など比べものにならない、たくさんの喜びを彼らに与えてくれたと言います。「彼がいつもベストを尽くすように頑張っている姿は、私たちにいつも元気と勇気を与えてくれます。」と父親のロン・アダムスはインタビューで話しました。苦労はそれを乗り越えられる人についてくる。私たちは誰もが可能性を秘めています。ゲーブの背負った過酷な人生は並大抵ではありません。しかし誰もがこの世の中で愛し愛され、そして失敗してもくじけずまた這い上がる、自分と戦い続け更に強くなり、人を助ける、ゲーブの人生物語は愛と強さの象徴ですね。

愛と強さ

広告